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6月 11天橋立を経て、兵庫県は祖母の家へ。
そして、近くのたこ焼き屋へ。
おそらく25年近く通っているであろうたこ焼き屋。
祖母の家に行くたびに、必ず通っていた。
1日2食食べることもしばしばだった。
そのたこ焼き屋は、昔はたしか8個で100円ぐらいだったかな?
「200円分」と指定すると、その分だけ包んでくれる、まさに学生に優しいたこ焼き。
部活帰りの中学生から、小腹が空いた会社員まで。
幅広い人たちに愛されているんだな、なんてことを小学生時分から思っていた。
時分が初めて買い食いをしたのも、実はこのお店だったんじゃないだろうか?
あそこのおじさん亡くなったみたいよ。
と母から話を聞いたのは、前日のこと。
もともと夫婦でやっていたお店だったけれど、
おじさんが亡くなったときが、閉店のときだとずっと思っていた。
そして、休みが多くなったため、祖母も母ももう閉店しているとばかり思っていたようだけど、
運がいいことに、当日は無事空いていた。
昨年訪れれたときは、おじさんが呼吸器をつけてお店に立っていた。
しかし、今はもういない。
おばちゃんも少し痩せたみたいだ。
店内は、鉄板の前でお好み焼きや焼きそばを焼いてくれて、
その場で食べられるようになっている。
「常連さんばかりだから、ゆっくり焼いててええから助かるわ~」
といいながら、ミックスモダンを焼くおばちゃんを見ていると、
もしかするともう最後になるかもしれないと思い、切なくなる。
亡くなるとかではなく、もう体力の限界も迎え、閉店してしまうのではないかと、切なくなる。
幼い頃から、なんどもなんども引越ししてきた私にとって、
故郷と呼べるものがない。
ずっとそう思っていたけれど、こここそが故郷だったのかもしれない。
